rk-baryoのゆるっと日記

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『ストレス脳』アンデシュ・ハンセン

今週のお題「最近おもしろかった本」

人間は大昔よりもはるかに安全で豊かな生活ができるようになったにも関わらず、なぜ精神的不調を訴える人がかなり多いのか、という疑問について著者なりの回答を紹介している本である。

ネット社会はごく最近のこと

TwitterInstagramなどのSNSが流行る世の中になっているが、それらが人間の心に対して少なからず悪影響を及ぼしている可能性が高いという。それは日本人だけの問題ではなく海外でも同様の傾向がみられるし、このようなSNSツールを多用する比較的若い年代層ほどメンタルへより悪影響があるという。

つい30年ぐらい前まではまだパソコンやインターネットいう概念がほとんどなく、人類が誕生してから数百万年のうち、デジタルデータに深く関わる生活というのは直近30年ぐらいに集中している。人類の歴史の大半で人は自分が生まれ育ったその地で死ぬまで生きていくというのが通常であり、別の場所に住む人たちの存在を意識したり交流したりする機会は皆無だったと言っていいだろう。人類は長期間そのような環境にさらされてきていたので、現代ほど多くの情報に触れることには適応していない。まずはこれらの点を理解しておかなければならない。

脳は”生き延びる”ために動いている

祖先たちは現代ほど多くの情報や人と関わってこなかったし、原始時代では常に食料を求めて日々を生き抜くことで精いっぱいだった。原始時代の人類と現代の人類でもDNAはほとんど変わっていないため、中身は原始時代のままなのに外の環境はネット社会になっているというのが人類が置かれている現状である。私たちのDNAは生きるか死ぬかのサバイバルな世界に生きており、食料が目の前にあったらたらふく食してカロリー確保しておこうとする。それが本能であり、だから世の中から肥満がなくならない。

そして何よりも生き抜くことを脳が優先するように作られているので、幸せに生きるかどうかなどは脳にとってはどうでもよく、とにかく危険を避けて死なないことを脳は目指している。うつ病で引きこもりになってしまうことは危険を避ける本能的な行動であり何もおかしなことではない。うつ病精神疾患などと言われるがそれは疾患などではなく、生命を優先する至って正常な反応ではないだろうか。そう考えると、ストレスを感じることは人間にとってごく自然な防衛反応であり、自分の生命が危機を感じているシグナルだと認識する必要がある。

幸せに生きることにこだわるな

人間が生きる目的を聞かれ、幸せになるために生きていると回答する人はそれなりに多いと思う。私もつい最近まではなんとなくそう思っていた。しかし人間の脳の構造が数万年前から99%以上変わっていないこと、その原始時代から常に生き抜くことだけを最優先にしてきた脳のことを思うと、幸せに生きるなどということは実にくだらないと思うようになった。

幸せになるために生きているのに、SNSを多用して他人のキラキラした日常と自身の惨めな生活を比較して不幸になる人のなんと多いことか。脳の構造が現代ほど多くの情報を適切に裁くよう適応していないのだから、何かと不都合は出てくるものである。人間はもともと数十人とか数百人ぐらいの単位でコミュニティーを築いて生きていくようにしか設計されていない。少なくとも今後数万年ぐらいはそうだろう。そのキャパを超えるような情報に触れても脳は疲弊するだけである。

幸せとは、少なくとも現代の人類にとっては、毎日生き抜いていった先に結果的に得られる副産物でしかない。自ら貪欲に幸せを掴みに行く姿勢も結構毛だらけ猫灰だらけであるが、あまりにも理想が高すぎると現実とのギャップに苦しむことになり逆に不幸になる。

自分の身体、脳がどのような遺伝子で出来ているのか、祖先は何を思って生きてきたのか、生きるために何が必要なのか、人類含め生物の進化のスピードは恐ろしく遅い、ということを心に刻み付け、改めて日々を真摯に生きていきたいと思うようになった。

 

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