rk-baryoのゆるっと日記

日常生活、ビジネス、旅などについてゆるく語るブログ

婚活の総括

結果

タイトルの通り、婚活が終了した。

結果は成婚退会という形で7月いっぱいで結婚相談所を退会することとなった。1月から活動開始したのでちょうど半年ぐらいで活動が終了した。

色々な人と会う中で、自分の人生と相手に本気で向き合った濃い半年間だった。そして何よりも自分と相性の良いパートナーと出会うことができたので、本当に婚活をやって良かったと思っている。

過程

1月は活動といってもほとんど準備だった。相談所への入会手続きをしてプロフィールを作成したりスタジオに行って写真を撮ったりといった準備である。そのため本格的にお見合いなどの婚活っぽいことをやり始めたのは2月の2週目ぐらいからだった。

2月は色々な人とお見合いやデートをした。入会前から結婚相談所にはやばい人しかいないと聞いていたのでどんな人とマッチングするのか戦々恐々としていたが、多くの人は一生懸命人生を頑張っている人で、あからさまに変なことを言ってきたりするような人はほとんどいなかったと記憶している。

2月のスタートダッシュで10人以上とお見合いをしたが、結局誰とも真剣交際には進めなかった。一人ちょっと惜しいところまで進んだ気に入った人がいたのだが、その人に2回目のデート後にお断りされたときは結構ショックで1週間ぐらい無気力になってしまった。

そんなこともあり3月は疲れが出てあまりお見合いなどを実施できなかった。仮交際に進む人はいたのだが、なかなかしっくりこなくて断ったり断られたりということが数回あったと思う。

そして4月のはじめに最終的なパートナーとなる相手と初対面のお見合いをした。4月中は他の人も合わせて計3人ぐらいと仮交際を進め、5月のはじめに今のパートナーひとりに絞り、そこから毎週会って関係性を深め、7月にささやかなプロポーズをして相談所の退会が決まった。

考えたことや悩んだこと

お見合いで工夫したこと

婚活はもちろん、結婚相談所での活動は人生初だったので知らないことだらけだった。そのため、カフェやラウンジでの席の確保や会計方法などを含めた立ち回り方をChatGptに相談しまくり、ネット上の別意見とも比較しながら最終的に自分でも納得した内容は徹底的に頭に叩き込んで一回一回のお見合いで実践した。この辺りはある種の勉強だと思って楽しみながら進めた。

初回のお見合いは最高に緊張したが、少しずつ慣れて理想的な立ち回りができるようになってきたので、こういう経験も楽しいじゃん、と思えるぐらいにはなった。

仮交際の悩み

結婚相談所では仮交際という複数の相手と並行で交際を進める、というフェーズがあるのだが、仮交際の人数が増えるほど管理コストも大きくなり一人の相手に集中して向き合うのが難しくなる。

3人ほど仮交際をしていた時期があったのだが、会う頻度とかデートプランを考えるのがしんどくなって、しっかり相手を見極める前にこちらからお断りを入れてしまうことが何回かあった。そして早めの段階で本命の相手に絞ろうとした矢先に本命にあっさりお断りされ、そこですべて仮交際終了となり振り出しに戻ってしまったこともあった。これにはかなり結構メンタルを削られた。仮交際がそこそこ進展してから断ると相手に悪いから、という理由で1回目とか2回会ったぐらいの早期のタイミングで断ってしまっうのは勿体なく、多少自己中になってでも相手との相性をゆっくり見極めるのが大切、という教訓になった。

また、相手から断られるのは意外と問題ないのだが、自分からいいなと思った相手に対してお断りを入れる方が個人的には辛かった。既に何人か仮交際が進んでいる状態で新しくお見合いしていいなと思った人が現れても、受け入れるキャパがないのでどうしても断らざるを得ないのである。このような状況が何回かあったのでその度に結構悩んだし、今思い返すと安易に断ったのは失敗だったなと思うこともある。

相談所のサポート体制について感じたこと

大手の相談所はサポート手薄になりがち

私は某大手結婚相談所で活動をしていたのだが、個人的には大手の結婚相談所はサポート体制がイマイチと感じたので、手厚くサポートを受けたい人にはあまりおススメできない。

理由としては推測の域を出ないが、一人のカウンセラーが大量の会員を抱えているため、会員一人ひとりに対するサポートが手薄になりがちという欠点があると思う。もちろん、すべての相談所や担当カウンセラーがそうではないと思うが、私の担当がそうだったようにこの傾向はあると思う。

私のカウンセラーの場合

私は月一でカウンセラーと面談していたが、何か有用なことをアドバイスしてくれた記憶はほとんどなく、「今月お見合い申込少ないので、もう少し申込増やしましょうね」とか、「なんか困ったことあったら連絡くださいね」など、わざわざ面談で話す必要もないような話題が多かったように感じる。私が真剣交際に進みたいと思っていた時にどのような会話や行動をすれば良いのかを相談してみても、「それは本当に人によるからなんとも言えないんですよね」とか「その時に雰囲気と流れなんですよね」ぐらいしか言ってくれなったと記憶している。私の聞き方が悪かった可能性もあるが、、。

それに比べて私のパートナーとなった人は大手相談所ではなく小さめの相談所に所属していたのだが、かなり手厚くサポートしてくれていたのだと感じさせられた。3回目のデートで何とか真剣交際に進むための会話を私から切り出さなければ、と思っていた時に彼女の方から「次会った時に結婚前提の付き合いをするかどうか真面目な話し合いをしたいです、お互いに結婚に際して譲れない条件とかもあるでしょうし」と言ってくれた。その時私は、「ああ、こういう話題の切り出し方をするのが正解の立ち回りなんだな」と思ったし、同時に私の担当はこういう切り出し方を教えてくれなかったなとも思った。相手である私が言うのもおかしな話であるが、私のパートナーの方がしっかりした段取りで主導権を持ってアプローチできていたし、担当カウンセラーのサポートも手厚いのだろうな、ということが何となく感じられた。

サポート体制は重要

今後結婚相談所で活動しようとしている方は、上記のような傾向があるということも頭の片隅に置いてほしい。

多くの場合、結婚相談所の活動としての第一歩は結婚相談所をどこにするか、を決めることから始まる。そこで多くの人は大手の結婚相談所を複数比較してどこに入会するかを決めるだろうし、私も例に漏れず大手の相談所を比較して決めた。入会面談の時は懇切丁寧に色々なシステムやサポートを説明してくれるので、入会後の手厚いサポートを期待してしまうが、入会後は定期面談以外はほとんど連絡などはなく、こちらから連絡しても返事が遅かったりすることが多い。また、質問に対する自分が欲しい回答が返ってこないこともあり、手厚いサポートを期待していた人は「全然親身になってくれないじゃん、これではマッチングアプリと変わらないのでは??」と思ってしまうかもしれない。

私自身の活動の体感としては、少しだけ相談ができて相手の身元がある程度保証されているマッチングアプリ、とほとんど変わらないと思った。だから、しっかり結婚相談所で仲人やカウンセラーのサポートを受けながら活動したい場合は、サポート体制(親身さ、面談頻度、面談時間、普段の連絡方法など)はしっかり確認しておいたほうが良い。大手だからと言って良いサポートがあると思ったら期待外れだった、なんてことはザラにあると思う。もちろん、大手でも有益なサポートを提供してくれるカウンセラーはいると思うが、一人のカウンセラーが大量の会員を抱えているという構造上、やはり手厚いサポートはあまり期待できないと思っておいた方が良い。

ちなみに私個人としては、カウンセラーよりもChatGptへ何倍も相談したし、かなり的を射た回答を多くもらった。ChatGptがなかったら私の婚活は失敗していたかもしれないと考えると、現代のテクノロジーには感謝しかない。

まとめ

運よく結婚相手に巡り会えてよかったが、むしろこれから結婚生活がスタートするので一つの始まりでもあると思っている。もちろん嬉しい気持ちや楽しみな気持ちはあるが、身が引き締まる思いもある。

私たちの場合、お互いに一人暮らし歴が長いので、一人で過ごせる時間はどうしても大切にしたいし、いつでもべったりくっついていたいわけではなく、その点はお互いの価値観が一致している。とはいえ、一緒に暮らし始めると色々と気になる点や考え方の相違が出てきたりするものかと思う。ちょっと嫌だなと思った時やイライラしたりケンカしたりしてしまった時には、婚活期間で考えたり意識していたことなどを反芻して気持ちをコントロールすることも必要になると思っている。

総じて、この半年間は今までの人生で一番たくさん色々な女性と会話したし、自分の気持ちや相手の気持ちに向き合う濃い期間だった。この経験を経て、人間としても一段成長できたような気がするし、結果的にはやって良かったと思っている。

婚活の流れをざっくり言語化すると、スペックで殴り合った(プロフィール+お見合い)後にフィーリングを確認(仮交際)して条件面の擦り合わせ(真剣交際)というのが本筋になると思う。悪くない程度のスペックを持っている方であれば相手からの需要はあると思うので、独身を貫いていて少しでも結婚に対して前向きな気持ちが残っているのであれば、下手にマッチングアプリでダラダラと活動するよりも結婚相談所での活動はおすすめできると思う。

 

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婚活を通じて考えていること

なぜ婚活を始めたのか

紆余曲折あって今年の初めから結婚相談所に入会して婚活をしている。

もともと結婚願望は全くなかったのだが、年末に会った幼馴染にちょっと悩み相談したら背中を押してくれて、自分の中に薄っすらと残っていた本心をもう一度確認したいと思って一念発起した。

婚活を始めた理由としては、お金の問題をはじめ自分自身の人生の舵取りがある程度できる見込みが立ってきたことが一番大きい。このブログを書き始めたときは無職でお先真っ暗な状態で、自分の人生を何とか軌道に乗せなければならなかったため、誰かと共に人生を歩むことなど考えられなかった。

あれから8年近く経過し、昔の自分と比べれば見違えるほど仕事に対して真摯に向き合えるようになったし、人生全体に対して前向きに頑張ることができるようになったと感じている。だから、このタイミングで期間限定で相手探しを頑張ってみようと思い、今年一年は婚活をしようと決意した次第である。

婚活で学べることは大きい

活動開始して3か月も経過していないが、婚活を通じて学べることは想像以上に大きいと感じている。全く初対面の相手との円滑なコミュニケーションの取り方、エスコートや立ち振る舞いの型についての勉強と実践、TPOに合わせた服装を考えること、など、身に着けるべきことはかなり多くあると感じている。

私自身、今まで生きてきてこれらをあまり意識したことがなかったので本気で調べたり勉強しながらお見合いなどで実践している。婚活以前の自分がいかにこれらのことに無頓着で相手に悪い印象を与えてしまっていたかが今なら分かる。これだけでもかなり成長したなと思う。

まだ婚活の全プロセスを経験したわけではないので想像を含むが、いかに相手の立場に立って物事を考えるか、という想像力を働かせて立ち回ることが婚活のプロセス全般では大切になると思っている。そして、俯瞰的に見れば結局は婚活でも仕事など普段の生活でも大切なことの本質は一緒なんだろうなと。

結果がどうであれ、プロセスは無駄にはならない

無論、結婚したいと思う相手に出会ってパートナーとして暮らしていくのが婚活のゴールであると思っている。だが、そのゴールにとらわれすぎて焦りが出てくると本来上手くいくはずのことも上手くいかなくなるものである。

良いと思っていた相手に突然断られたり、謎の理由で拒否されたりすることも結構あり、そのたびに少しずつメンタルは削られ、焦る気持ちも強くなっていく。だが、婚活を通して相手の立場に立って考えることや想像力を働かせるよう努力することは、今後の人生で一生モノのスキルになると思っている。たとえ結婚せずに独身で生きていくことになったとしても、別の場所でそのスキルが役立つときもあるかもしれない。

まだ終わりは見えていないが、どんな結果であれ自分で選択して決めたことに対して納得できるように活動を進めていこうと思う。

 

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2025年の買い物を振り返り

買ったもの&使ってきた感想

kindle

1月に購入。本を読むことは好きだが、紙の本は読み終わった後捨てるわけにもいかず置き場に困るし、単行本はぶ厚すぎてなかなか手が出なかった。図書館に通うのも億劫だったため本当に読みたい本があっても読めないというジレンマを抱えていた。

そんな折、とある参考書で資格合格者の声欄を読んでいると「電子書籍も駆使して多くの参考書を購入して横断的に勉強をした」という記載が目に入り、それを読んだ瞬間に電子書籍を購入しようと決意した。いま自分の読書ライフに対して抱いているモヤモヤを一気に解決できるのは電子書籍しかないと直感した。

ほとんど衝動買いでkindle paper whiteを購入してそこから1年近く経過するが、本当に購入してよかったと思っているし、おかげで今年の読書はそこそこ捗った。今年は今のところ42冊読了している。まああまり自慢できるほどの読書量ではないかが、昨年まではせいぜい年間20冊程度だったので倍以上は本を読んだことになる。十分ペイできていると思うし、来年以降も引き続き充実した読書ライフを過ごせそうだと感じている。

スマホ

1月に購入。前のスマホがそろそろ5年経過することや、挙動不審が多くなっていたため買い替えを決定した。私はiphoneとか新品の高級スマホなどに一切興味がないため、androidで中古の2万円程度のものを購入した。

まあ正直スマホなんてどうでもいい。最低限動作してバッテリー持ちがよいこと、検索アプリや地図アプリが使えること、lineや電話などの本来電話としての機能が使えること、などが満たせていればその他の機能は自分には不要だ。このスペックでも1年間使ってきて何一つ不自由を感じていない。十分すぎるぐらい良い買い物だった。

PC

6月に購入。前のPCが中古+7年ぐらい使用していたため、またwindows11へのアップデート対象外の端末だったため買い替えを決めた。

価格は6万円ぐらいのノートPCでこれまた中古のもの。PCに関してはCPU、ストレージ、メモリなどのスペックがストレスなく使えるレベルであれば特に問題ないと思っている。小さめのノートPCではあるが、モニタを使っているためそこにつなげればある程度の大画面にはなるし、映画やアニメを見たりするにも不足ない。

ソファ

5月に購入。これは今思うとあってもなくてもよかった買い物だったかもしれない。実家のようにくつろげる空間を作りたい一心で購入したのだが、部屋が狭いのでかなり小さいサイズの2人掛けぐらいのものしか配置できないし、小さいため座り心地もそこまで良いものとは言えない。

それでもこのソファを購入したことで、前よりは多少ゆったりくつろげる空間を確保できるようになったし、ビーズクッションのみだった時と比べればまともな部屋に見えるようになったので、買って良かったと思うようにしている。

鉄製の中華鍋

5月に購入。ある時キッチンの調理風景が見える店で外食していた時、料理人が大きな鉄製の中華鍋を大火力で振り回す光景を目にし、自分もこんな料理してみたいと思ってこれもほぼ衝動買いで購入した。

衝動買いだったにもかかわらず今でも購入してよかったと思っているし、週に何回もコンスタントに使っているので自炊の友としてかなり役に立っている。はじめはメンテナンスが面倒とかいろいろなことを考えていたが、ある程度慣れてしまえばこんなものは日々のルーティンワークであり、面倒くささなどは感じなくなった。何よりも特に回鍋肉や麻婆豆腐をこの鍋で作ると本当に美味しくできる。火力は家庭用のコンロでも十分なぐらい鍋自体の熱伝導率が高さを感じる。

来年に向けて

今年はやや衝動買いが多かったかもしれない。が、結果的に買ったものはすべて今の自分の役に立っているし、無駄だったとは思っていない。今のところ追加で欲しい高価なものはまだないが、欲しいと思ったら直感に従って時間をかけずに購入する姿勢も大切にしたいし、熟考して購入を検討することも忘れずにバランスよく買い物をしていきたいと思っている。

 

今週のお題「買ってよかった2025」

 

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名ばかりの労基法を実感した話

労基法なんてあってないようなもの

前年から継続していたPJが火を噴き、今年は5月ぐらいからずっと長時間残業でその火消し対応をする状態が続いてきた。月の残業時間は平均で50~60時間前後で推移してきた。基本的に在宅勤務だからそれぐらいの残業問題ないでしょ、というようなことを上司に言われたことがあったが、この一言が労基法なんてあってないようなものという事実をよく表す象徴的な言葉だと思った。

私が勤めている会社はそこそこの大手であり労基法や36協定違反にはかなり厳しい会社でもある。しかし、そんな会社で働く上司役の人が上記のような昭和のブラックな価値観を持っているのだから、違反を握りつぶすことなど対して難しくないのかもしれないとすら思っている。

勤怠的には一日の中で23:30までしか残業を付けられないようになっているが、リリースがあった今月は徹夜や半徹夜の日もあってこの時間を軽く超えて残業するような日が何日もあった。基本的には月間残業をMAXでも70時間以内に抑えるというのが企業に課されている義務である。しかし顧客対応のためならこれを違反してでも何としても仕事をやりきらなければならないという思想のもと、この上限すら完全に無視されているのが現状である。

確かに、顧客に対して誠意をもって対応することは必要不可欠である。ましてや炎上PJでそれなりに迷惑をかけているので、ある程度の無理は承知でこちらも取り組む必要があることは認識している。そしてひと昔前であればこういう仕事のやり方はそこら中で蔓延っていた。

だが令和の現代において、法律を超過するような働き方には疑問符しかつかないし、そこを何とかして調整するのが上司やリーダーの役目ではないか。上限超えるのがもう避けられないから、とにかく部下に対して自分と顧客が納得するだけの仕事をいくら時間をかけてでも完成させるというスタンスをとっている。いわゆる完璧主義にも近い怨念めいたものすら感じる。こんなことでは上司が本来の仕事であるマネジメントを放棄していると言われてもおかしくないし、やられる部下としてはたまったものではない。

結局は顧客のためではなく自己保身のため

結局は労基法や36協定なんて名ばかりで、顧客が求めればその犬になってなんでもイエスマンで取り組まなければならず、そこに法律が入り込む余地などない。言われるままに従っていたら最終的につぶれるのはやはり自分。その時に会社は助けてなどくれない。

上司は休みを取ることは必要だという。また、36協定違反もしてほしくないと言う。だが顧客からのクレームを恐れるあまり、部下へ過重な労働を強いて何とか自分が安心しようとしているようにしか私には見えない。結局は顧客のためなんかではなく、一番は自己保身のために立場の弱い部下を都合よく利用しているようにしか見えないのだ。だからこちらもそれを薄々感じ取って嫌気が差す。完全に個人的な愚痴となってしまい恐縮ではあるが、改めて私は上司ガチャでハズレを引くことが多いなと思った。

上記に加え、今の仕事に対しても楽しみを見いだせなくなりつつあり不満も燻ってきているので、まずは少しずつ部署異動を考えつつ、ちょっと早いが最悪は再度転職を考えようと思っている。そんな今日この頃である。

 

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FIREは本当に幸せなのか

人生の長期休暇中に思っていたこと

死ぬまで働き続ける人生を送りたい人はどちらかというと少数派であると思う。私自身ももちろん例外ではなく、新人や若手のころに、このサラリーマン社畜生活が60歳まであと40年近くも続くということを考えて途方に暮れたり、軽く自分の人生に絶望してしまうことが何度かあった。このようなこと考えたことがある人は多いのではないかと思う。

だから辛くて苦しい仕事を休職して1か月近く休んだ時や、仕事を辞めた後に悠々自適に転職活動を行っていた時期は天国のような時間だったし、この生活が永遠に続けばいいと思ったこともある。少なくとも休み期間の前半はそう思うことが多かった気がする。

しかし時間が経過するにつれ、同時に次のようなことも考えるようになった。毎日張り合いがなく退屈だし、自分は一体何のために生きているのか、誰の役に立っているのか、仕事をしていた時に少なからず多少は感じていた生きがいや張り合いのようなものや刺激がなくつまらない日々だな、と。そして気が付く。やっぱり何らかの形で社会や外界とつながっていないと人間として腐ってしまうし生きていけないなと。

その結果、休んでから数週間経過すると、あれ程嫌だった仕事に早く復帰したいとさえ思うようになった。

暇を続けることは難しい

数年前からFIREという言葉を聞くことが増えた。よく調べてみるとフルFIREやサイドFIREなどFIREの中にも数種類があるようだが、簡単に言うと労働時間を減らして不労所得を中心に残りの人生を生きていきましょう、という考え方。働かなくても生きていけると聞くと、非常に魅力的な生き方に見えるが、自分の経験と照らし合わせて考えると意外とFIREして生きていくのも難しいのかなと最近思うようになった。

不労所得を生み出すだけの資金的な問題はもちろん、それをたとえ達成できたとしても毎日ほとんど何もせずに生きていくというのはとても辛いと思う。それは、仕事をしていた時に感じていた生きがいや張り合いのようなものが、人生からなくなってしまうからである。

仕事をしていても、個人的に最もつらいのは激務ではなく暇なことである。最近私はそこそこ忙しくて久しぶりに辛かったのだが、窓際社員で毎日暇だった経験もあるため、そちらに比べればまだ忙しいほうがマシ、と感じる。あまりに忙しすぎるのは問題ではあると思うが、やることがあるという状態は実は幸せなことなのではないかと思う。

おわりに

最近まで○○FIREを目指してみようと思っていたが、FIREした人が結局また仕事に戻ってくるケースも多いという体験談を読んだり聞いたりしているうちに、そこまでFIREにこだわる必要もないのかもしれないと思うようになった。

人間はないものねだりで、実現できなさそうな遠くにあるものに対して現実以上の憧れを抱いてしまいがちだが、いざそれが現実になりかけると途端に冷めてしまうことが多い生き物だと思う。

仕事が辛くてFIREしたいと心から願うことは悪いことではないが、果たして本当にFIREが幸せなのかというと、必ずしもそうでもなさそうだという現実があるので、仕事ができている今の状態が意外と一番幸せなのかもしれない、という考えを持つこともまた一興であると思うのだ。

 

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レーシックをやるかどうか悩む

最近考えていたこと

最近特にレーシック手術を受けることを積極的に検討している。数年前から気になっていたことではあったが、ここ最近の暑さによるメガネの煩わしさや、職場の同僚がICLをやって視力改善した話などを聞いてから積極的に考えるようになった。

自分に必要不可欠なわけではない

ただ、実際に電話での事前カウンセリングを行ったのだが、話を聞いているうちに、本当に自分にとってレーシックが必要なのか再度疑問符が出てきている。

別にレーシックをやらなくても生きていくことはできるし、生活に大きく支障があるわけではない。仕事上どうしても裸眼視力がよくないといけない自衛隊員や警察官でもないし、遠くの獲物を追いかける狩猟民族として生きているわけでもない。だから根本的に裸眼視力の改善が必要かと問われれば、答えはNOとなる。

それらを改めて考えると、レーシックを受けるのが自分にとって本当に必要なのか、今のメガネとコンタクトの生活ではダメな理由、レーシックを受けた後の制約などをもう少しいろいろ考えてみる必要があると思った。

術後の制限がネック

躊躇してしまう理由として最も大きいのは金額でも体へメスを入れることへの恐怖でもなく、術後に課される行動制限である。ざっくりいうと、以下のような感じ。

基本的に一か月ぐらいはほとんど運動ができず、普段趣味としている筋トレや格闘技などはその間は基本的にお休みする必要がある。また、目に衝撃があるスポーツ等はNGで、ボクシングなどはできなくなるということであった。

一か月ぐらい我慢しろよと思われるかもしれないが、運動することで体調や精神を整えている節があるので、それができないのは自分にとってはだいぶストレスになってしまう。病気もけがもない健康な体にメスを入れて術後もそれほどの制限受けてまで視力回復を目指す意味とは何なのだろうと考え始めると、やはりなかなか積極的になれなくなってしまっている。

また、今後生きていく中で別のことにチャレンジしたくなったとき、レーシックしている人は控えてください、などという制約が課されるようなことがあると、それは残念だし自分の可能性を閉ざしてしまうことになってしまいそうだ。

まとめ

というわけで実際にレーシックをやることを具体的に考えるとメリットの裏でかなりのデメリットも浮かんできてしまうため、実際に手術を受ける決心まではついていないのが現状である。自分の目がそもそもレーシックができる目なのかもわかっていないので、検査をしつつもう少しゆっくり考えていこうかと考えている。

 

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たまにはお金を使うことを我慢しないようにする

節約の度が過ぎないように

自分はお金を使うことに関して割とケチな方だと思っている。毎月貯金額のノルマを自分に課しているため、基本的には無駄なものにお金を使いたくないという意識を持っている。そのため、たまたまニトリで見かけてその場で欲しいと思った2,000円程度の皿を購入することに迷い、結局購入せずにのちほど後悔する、というようなこともあった。

しかし最近、そこまで節約に対して拘らなくても良いのではないかと思い直し始めている。確かに、お金を貯めたり支出が収入を上回らないようにする意識は大切だ。だがそのために自分が本当に欲しいと思ったモノや、やりたいことを我慢して後悔するのはとても勿体ないと思うようになった。

GWの買い物

例えば、先週のGW連休では色々な買い物をした。中華鍋(鉄製打出し式のガチなやつ)、アルペンザルツの塩、ソファ、通勤用バッグ、金属のお玉、あく取り、イヤホン、あとはうな重を食べたりと少し贅沢もした。まあ総額で言えば6万円程度ではあるが、自分にとってはそれなりに大きな出費となった。

これらの購入品が本当に自分に必要なのか分からないものもある。例えば中華鍋なんてなくても今まで市販のフライパンで十分調理はできたし、それで困ることも特になかった。ただこれを使ったら毎日の料理が少しだけ楽しく美味しくなるかな、という期待をもって購入した。ソファも今まで使ったことがなかったが、PC前のオフィスチェアに座る時間を少しでも減らし、別の場所で休んだり読書できるようにという思いが湧いてきたため購入を決めた。

モノの管理や購入について思ったこと

色々買い物をするとシンプルに家にモノが増える。特に私のように狭い家に住んでいると置き場がなくなってきて窮屈になってくる。だから何か新しく購入したら古いものはなるべく売るか捨てるなど、家の中のモノがトータルで増えないように工夫する必要があるだろう。

普段のスーパーでの買い物ほど面倒で退屈なものはないが、久々に別の場所で買い物をして楽しかったし、普段やらないことをやって日常生活から少し解き放たれ、心も体もリフレッシュできたような気がする。

今回のGW連休での買い物をきっかけにモノの購入やお金の使い方などを少し考え直すことができた。浪費は良くないが、ある程度自分が心ときめくモノやコトに対してお金を使う行為は、自分の心を軽くしてくれるし生活に彩を与えてくれる有意義なことだと感じている。ケチになりすぎず、でも浪費には気を付けてある程度買い物を楽しめるようにしたい、そんなことを考えたGWだった。

 

今週のお題「ゴールデンウィーク振り返り」

 

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kindleで読書が捗るようになった理由

電子書籍端末は邪道と思っていた

私は読書が好きである。高校生まではあまり読書をしなかったのだが、大学生ぐらいになり読書の楽しみに目覚め、実家に保管してある色々な本を読むようになったし、いわゆる文豪と呼ばれる作家の本もそれなりに読み始めた

当時私は紙の本で読書していた。kindleなどの電子書籍端末はその頃から既に出回っていたが、電子端末で読書なんて邪道だという考えを潜在意識として持っていたため、足繫く図書館や書店に通い、紙の本で読み続けることに対して何の疑問も持たなかった。

電子書籍端末を使い始めて変わったこと

しかし同時に、書店等で本を購入する際に無意識に制約をかけてしまっている自分がいた。当時はそのことに気付かなったのだが、できるだけ文庫本で文字数が多く読み終わるのに時間がかかる本を選ぶ傾向が強かったように思う。なぜそのような選別をしていたのかというと、次の本をまた探す際に書店に出向くのが面倒なのでその機会を減らすために読むのに時間がかかる本を購入したいということや、単行本は物理的にかさばり置き場所に困るため文庫本を選んでいた、というのが主な理由となる。

そんな制約のある読書ライフをかれこれ10年以上続けてきたが、今年の初めごろにふと勉強用の参考書で合格体験談コーナーを読んでいると、「多くの参考書が必要なため、電子書籍端末を購入したところ、勉強が捗った」という記述を目にし、そこで私はふと思った。自分も電子書籍にしてみればもっといろんな本が読めるかもしれない、、と。

そこで今年初めの買い物としてAmazon kindle端末を購入した。そこから今まで上記の理由で買うのを渋っていた何冊かを購入し、それらを読み始めた。本の置き場や次の購入について考えずに本が読めることは本当に幸せなことだと実感し、今までの自分がどれほど勿体ないことをしていたのかに気が付いた。確かに、購入するのにお金はかかってしまうが、これは浪費ではなく投資だと割り切っている。何よりも、紙の本のような物理的な制約がなければこれほどまでに自分が読書欲を持っていたことに自分自身でも驚いているし、kindleを購入したことでそれに気付くことができた。

おわりに

当然、紙の本も決して悪いものではないので今後全く紙の本を購入しない、ということまではしない。デザイン系の本とかは紙媒体で読んだ方がしっくりくるような気もしている。ただ、もし上記のような悩みを抱えていて、毎回読み終わった本を売ったり自宅の本棚にしまったりと、読み終わったその後を気にして新しい本を買うことにためらいがあるのであれば、電子書籍端末で読書することをオススメする。人によっては、読書ライフが180度ひっくり返るかもしれない。

 

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低価格なサービスのデメリットを実感した話

魅力的な安い散髪屋

昨年ぐらいまでは髪を切るのに〇Bハウスを使っていたのだが、今年ぐらいから予約できる少しだけ高い美容院で髪を切るようにしている。

〇Bハウスは何といっても値段が安いのが一番の魅力だと思っている。今でこそ一回1,300円ぐらいでそれでも十分に安いのだが、昔は1,000円ぐらいで散髪できたので節約家にとっては心強い味方であると思っている。

しかし〇Bハウスを利用する中で思ったことや、久しぶりに他の美容院で散髪して感じたことなどをきっかけに、〇Bハウスを利用しないことを決めた。

待ち時間が長い

〇Bハウスから足が遠のいてしまった理由はただ一つ。とにかく待ち時間が長くてストレスがたまるから、ということに尽きる。

他の店舗のことは分からないが、私の居住地の近くの〇Bハウスは予約制ではなく早い者順である。前に5人も6人も先客がいると平気で1時間以上待たされることも多くあった。そのため、先客がいなさそうなタイミングを見計らって店舗に出向き、先客が2,3人ないし誰もいないような状況であれば胸を撫でおろして店舗に入れるのだが、店舗の外まで人が並んでいるとその光景に辟易して何もせずに帰宅する。

先客が多いと待ち時間が異様に長くなるし、待合室では隣の人とも膝が当たるぐらい距離が近く、息苦しくてストレスがたまるのであまり心地良い空間とはいえない。だからまた出直して待ち時間が少なそうなタイミングを見計らう。これを繰り返すほど無駄な時間の使い方はない。

そんなことを数回繰り返しても赴く度に行列ができていて、うんざりした気分で帰宅することが昨年から多くなってきた。自分はただ髪を切りたいだけなのに、たかが順番待ちのためになぜここまでメンタルを削られなければならないのか。そう疑問に思った瞬間から〇Bハウスの利用はもうやめようと決意した次第である。

美容院も悪くない

そんなわけで私は最近、予約の取れる美容院に予約して通っている。通っていると言っても1.5~2カ月に一度程度ではあるが、髪を切りに行こうとする度に感じていたダルさや余計なこと考える必要もなくなり、ストレスフリーな散髪ライフを送れている。

価格は〇Bハウスの2倍程度するが、洗髪などサービスにはそれなりに満足しているので、必要な出費と割り切っている。その分、以前よりも髪を長めにして散髪に行く頻度を〇Bハウス利用時よりも減らし、コストがかかりすぎないように気を付けている。

低価格に見合う代償

代償というとやや大げさではあるが、やはり「安かろう悪かろう」というのは少なからず傾向としてあると感じる。

私の散髪はあくまで一例ではあるが、待ち時間のストレスまで含めて〇Bハウスの散髪サービスということなのであろう。だから安いし店舗も狭くストレスが溜まりやすい要素が多めに詰まっているのだと思う。

1、2年前まではここまでストレスを感じることはなかったし、混み方も現在のほうが激しくなっているというのは実感としてある。自分のストレス耐性が下がっていること、不景気が進んだことでより低価格なサービスに群がる人々が増えたのかな、など要らぬことを考えてしまう自分もいる。

 

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サブカルチャーへの造詣を深めたいと思った話

周囲との会話についていけない虚しさ

自分の周囲にいる人たちとの何気ない雑談はごく自然に発生するものである。それは一緒に暮らしている家族であればもちろんのこと、仕事の同僚や趣味友達との間でも、仕事とか趣味とか関係ない共通の話題を中心に雑談がはじまって止まらなくなることもしばしばある。

その雑談の話題でよく上がるのが、いわゆるサブカルチャーの話題。より具体的には、漫画やアニメやドラマや映画などの話題である。内容を知っている者同士であればこれらについての話題で雑談するのは楽しいものだが、ひとたび自分が知らないアニメや興味のないジャンルについての雑談がはじまると、途端に会話についていけなくなりその場にいるのが苦痛になってしまう、、誰もが一度はこのような経験をしたことがあるはずだ。私は最近、忘年会や新年会の飲み会の場などの会話で少々退屈な思いをすることがあった。

サブカルを身に付けることは教養

それ以前にも上記のような状況になることは多々あった。それまでは、自分の興味のないことだから話題についていけなくても仕方ない、特にアニメとか漫画なんて人生に必要なものでもないし、と心底思っていた。だから話題のアニメもほとんど見ないし、漫画なんて人生で一冊も読んだことがなかった。

しかし、最近はこのような考え方を改めなければいけないと考えはじめた。少しでも話の輪に入れるようになりたい、話題の守備範囲を広げたい、という思いはもちろん理由としてあるが、それ以上にサブカルはもはや教養であるということを自分の中で認識しはじめたというのが一番大きい。

特にアニメとか漫画は昔から日本のサブカルチャーとして有名だったし、それを目当てに来日する外国人も多くいる。日本だけでなく世界の人たちとも共通の話題で盛り上がることができる分野なのであれば、それはもはやサブカルチャーではなくある種の教養ですらあると思う。そしてその教養への造詣が薄いということで、自分がなんとも味気ない人間になってしまっているのではないかと危機感さえ覚え始めている。

最近始めたこと等々

最近は月に一度程度、ネカフェに籠って漫画を読む時間を取っている。あとはシーモアのアプリで興味のある漫画を手当たり次第漁ったりしている。

私自身は興味のあるアニメやドラマを見ることは多い。今までも好きなアニメは色々見たと思うし、ドラマも毎クォーター2~3ぐらいは見ている。だからサブカルに全く興味がないというほどではないが、漫画に関してはこれっぽっちも読んだことがなかった。アニメとかドラマは原作が漫画であることも多く、漫画さえ読んで概要を把握しておけばアニメ版とか実写版を見ずにもある程度知識が身に付きそうな気がしている。

この年齢になってようやくという感じではあるが、十代とか二十代のうちに色々読んでおけばよかったなとやや後悔している。実際、漫画から学べることは多いし人生の教訓になるような金言も随所に散りばめられている。そして、何より漫画を読む時間が楽しいと感じるようになってきたし、物語の世界に没頭できるのがいい。

私はミーハーが嫌いなので巷で話題になっているものには嫌悪感を持ちがちであるが、何もかもを嫌う必要もない。皆が良いと評判のモノには、確かに自分に合わないジャンルもあるだろう。が、その中で自身から見ても腹の底から面白いと思えるものもあるはずだ。その感性を忘れずに今後も適度にサブカルチャーを自分の生活に取り入れたいと思っている。

 

P.S.

年末に書いた買い物ブログがプチバズりし、普段よりも多くの方々に読んでもらえて嬉しく思っている。今年は昨年よりも少しだけブログ更新を頑張りたいと思う。

読んで頂いた方、ありがとうございました。

 

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