rk-baryoのゆるっと日記

元ニート、現アラサーサラリーマンが日常生活、ビジネス、会社、旅などについて語るブログ

年収に拘っても拘り過ぎることはない

なぜ高年収に拘るのか

多くの人が転職する理由として大体一番多いのが、年収アップしたいからというものである。お金がないよりもあった方が生活する上においてやれることの選択肢も増えるし、精神的にも余裕を持って生きていくことができるのは確かであろう。また、婚活市場などでは特に男性であれば、その男性の価値=年収といっても過言ではないぐらい年収というのは重要視されるし、多くのことと切っても切り離せない関係にある要素だ。

私自身や前の会社の同僚を含め、私の周りでも多くの知り合いたちが転職して新しいキャリアを歩み始めていったが、多くの人はより高い給料を求めて自分のスキルを最大限に生かせる環境への転職を望んでいた。私は正直そこまで年収に対して拘りがなく、生活に困らず細々と趣味を楽しめるぐらいの給料があれば満足だったので、キャリアップとか年収にそこまでこだわる周りの人間の気持ちがあまり良く分からなかった。その思いは今も大して変わっていない。

高年収は例外なく激務である

高年収というのは社会的なステータスも高くて幸福度も高いかもしれないが、仕事内容はほぼ例外なく激務である。20代にして年収800万ぐらいを稼ぐ大学時代の同期がいるが、彼の仕事はなかなか過酷である。外資系企業で多くの国に拠点をおき、時差が大きい他国の社員と真夜中や明け方にウェブ会議をしたり、当然のように毎日日付が変わるまで残業をすることもよくあるという。もちろん忙しくない期間はたっぷり休みをとれたりしてメリハリはあるのだが、このような働き方を自分ができるかというと多分できず、年収が高いというご褒美しかないのであれば心が折れてしまうと思った。逆にこういう働き方に何も違和感を感じない人もまたいる。

メリハリがあるのは良いことだと思われがちだが、それも適度であればの話だ。高年収の仕事は総じてメリハリが極端である。分かりやすい例でいうと医者などが典型的であり、仕事内容が難しいのは当然として人の命がかかっている仕事なので自分の生活や衣食住などは二の次になる。どこにいようが何時であろうが緊急手術などが入れば病院に飛んでいかなければならない。ちょっと休みたいから有休を取るというようなことが難しく、自分自身の自由は少ないのではないだろうか。

高年収に拘る理由を考えてみる

それでも高年収を獲得して自分の価値をどんどん高めていきたいという人はそれでいい。でも私みたいに年収に拘らずそこそこまったり仕事をこなしていきたいという人種も一定数存在するはずだ。だが、今まで自分が関わってきた人の中に自分と似たようなタイプは少なく、多くはバリバリ働いて年収を上げたいというタイプの人であった。このような人の中にも、本心ではそんなに働きたくないという人もいるはずだと私は思っている。

収入ばかりに目が行ってしまう人は、自分がなぜそこまで収入にそこまで拘っているのかを一度考えてみるのも一興だろう。そこで見えてくることもあるかもしれない。

 

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