rk-baryoのゆるっと日記

元ニート、現アラサーサラリーマンが日常生活、ビジネス、会社、旅などについて語るブログ

友達の数は多い方が良いのか

友達100人という幻想を抱いた幼少期

私はまだ幼稚園通いだった頃、「1年生になったらー友達100人できるかな」という歌を聴き、小学生になったら100人以上友達を作ろうと意気込んでいた時期があった。一日に一人ずつ声をかけて友達になっていけば、一年もすれば達成できる目標だと思っていた。そして私は入学式当日から色々な人に声をかけて仲良くなっていった。当時は学校で会って上辺でそれなりに仲良くしていればずっと友達でいられると思っていた。

しかし、高学年になるにつれてそれまで仲良くしていた人でも急に話しづらくなってくる人が一定数いることに気が付いた。私はこの頃から、この人とはなんとなく合わないな、とか一緒にいて落ち着く人とそうでない人が少しずつ明確になっていったような気がする。そして友達100人を作ってもその関係を継続していくのは容易でないことにも気付きつつあった。徐々に疎遠になる人が多くなり、私も関係を維持するのが面倒になって自分の世界に没頭するようになった。そして、その方が落ち着くし自分に合っていると感じた。

個人的には友達は量より質を重視したい

時は流れ私も社会人となり、現在友達といえる存在は2,3人ぐらいしかいないのが現状である。一人は小学校からの幼馴染で二人は大学時代に知り合った友人である。彼らと頻繁にやり取りもしないし、月に一回食事に行くなどということも今となってはなくなった。それでもたまに会って話をすれば、いつもと同じように心地良く会話することができるし、一緒にいて無駄に気を遣うこともなく疲れることもない。少なくとも私はそう感じている。

個人差はもちろんあると思うが、私みたいにあまり群れることを好まない人間は何十人も友達を作る必要はないと感じている。もちろん「友達100人」を達成して今もそれを維持し続けているという人もいるだろうが、100人全員と気が合うというのはなかなか難しいと思うし、中には一緒にいてあまり心地良くないと感じる人もいるのではないだろうか。その関係を果たして友達といえるのか。また、常に関係を維持するための「メンテナンスコスト」も尋常ではない。友達のために自分を捧げるのが楽しいという方は良いかもしれないが、少なくとも私にはその考え方は合っていない。だから私にとって大事なのは友達の量より質であり、気の合う仲間が1,2人いればそれで十分だ。

昔思っていたのは友達ではなく知り合いだった

今になって改めて友達について考えてみると、幼少期に考えていた友達というのは全て「知り合い」を想像していたのだと思う。当時は顔見知りでたまに表面的な話をする仲でも友達になれると思っていたが、今ではそのような関係はただの知り合いとしてしか考えない。本当の友達というのは、互いに相手のことを尊敬し合える関係であり、時にはお互いのことを思ってダメなところや悪い点を指摘できるぐらいの仲でなければ友達とは言えないと思う。

これはカップルでも夫婦でも当てはまるかもしれないが、良い友達との関係はつかず離れずの距離感が理想的だと思っている。どの程度プライベートな会話ができるのか、その距離感や居心地の良さというのが相手との相性であり、それは自分と相手で相互に関係を続ける中で育み、見つけていくしかないものである。

 

adios