rk-baryoのゆるっと日記

元ニート、現アラサーサラリーマンが日常生活、ビジネス、会社、旅などについて語るブログ

大学に通う意味を考えた

現在とある大学生が主人公である青春小説的なものを読んでいて、まだ十分の三ぐらいしか読んでいないのだが、ふと大学の存在とは何なのだろうかと疑問に思った。

社会人になって働くことを一つゴールとしたい人にとって、大学とはほとんど必要ないものかもしれない。今の時代は独学で色々なスキルを身に付けることができ、それに大学の講義が勝るとも思えない。真面目に授業を受けている人は多くても半分ぐらい。それ以外の人は試験前だけ友達にノートを見せてもらってそれを丸暗記して試験に臨んだり、本来の学習に必要とされることとは程遠いことをやっている。それでもなんだかんだみんな就職できる。私は、大学も学校である以上は勉強するための場所であり、授業に出て真面目に勉強をすることこそがあるべき姿だとは思う。

だが、それ以外にも大学には以下のような重要な役割があると私は考えた。

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①一生付き合える友人や将来の配偶者候補と出会える最後の機会

②これから一生できないであろうことを実行する機会

③①②を踏まえて人間的に成長する機会

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一つずつ見ていく。

友人や配偶者候補と出会える場所

①について、今も付き合いのある友人の一人は大学1年生の頃に知り合った。どのようにして仲良くなったかあまり覚えていないのだが、気付けばよく一緒に行動していたし、放課後にしょっちゅう遊んだりするようになった。一緒に授業受けたり遊んだりする中で、彼と一緒にいるとありのままの自分で居られるだけではなく、多くの部分で尊敬できる点を発見した。

配偶者について私は経験していないので確かなことは言えないが、やはり社会人になると恋人候補との出会いは激減するため、その前に相手を探しておこうということだ。これは間違っていないと思うし、私ももし大学時代に良い相手と出会っていれば今頃は結婚していて、異なる価値観を持って生活をしていたかもしれない。

大学生にもなれば年齢的にはもう大人であり、自分の考え方や自我もほぼ固まっているため、そこで意気投合した人とは後にも関係を継続しやすいということは言えるだろう。

一生できないことをするチャンス

社会人はお金はあっても時間がなく、大学生は時間はあってもお金がない、人生というのは全てのことが同時に上手くいかないよう本当によく設計されているとつくづく思う。

一生できないこととは言いすぎかもしれないが、大学時代は普段できないことを思いっきりやれる一生で数少ないチャンスの期間である。私の大学時代の知り合いは3年生の終わりぐらいから就活そっちのけでアメリカ横断の旅に何人かで出かけて行った。その後の詳細は知らないのだが、彼が無事就職もできたということは風の噂で知った。時期やお金のことは考える必要があるが、体力と時間がある大学生のうちにとにかく何でもやってみるという精神は大事だと思うし、勉強と同じぐらい大学生活において意義のあることではないだろうか。

人間的な成長を育む

上記に述べたことだけではないが、高校までとは異なり、大学生になると行動範囲が大幅に広くなる。それだけ経験できることも増えるし、その過程で色々なことを考えて精神的にも成長する機会は多くあると思う。

私は大学生の頃、割と真面目に勉強していたつもりで、あまり突飛なことやリスクを冒すようなことには手を出す勇気がなかった。それよりもとにかく無事に就職することばかり考えてしまったので、割と味気ない大学生活だったと思う。そのため遊びに精を出している人や学業を疎かにしている人の気持ちは良く分からなかったのだが、実は彼らの方がより多くのことを経験して人間的に成長できているかもしれないとも思う。勉強はもちろん大事だが、大学に通う意義も目的も人それぞれだなと今になって思うのだ。

 

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