rk-baryoのゆるっと日記

日常生活、ビジネス、旅などについてゆるく語るブログ

文章を書くことで自分の考えを整理する

個人的な思い出と今思うこと

今週のお題「読書感想文」

今でこそ私は文章を書いたり読んだりするのが好きだが、子供の頃は文章を書くのも本を読むのも大嫌いだった。夏休みの宿題は必ず読書感想文が最後に残ってしまい、結局自分一人では何もできずに半分以上親に書いてもらい、結果的に何か賞を取るというズルをしていた思い出がある。

今となってはなぜ多くの子供が文章を書いたり読んだりするのが苦手だったり嫌いなのかがなんとなく分かる。それは、読み書きを楽しいこととして捉えておらず、辛いものという先入観を持っているから、という部分が大きいのだと思う。嫌なことだけど頑張ってやりなさいと親から刷り込まれた結果、本当にその対象を嫌なものとしてしか認識できなくなってしまうことは往々にしてある。私についても、何の先入観も持たずに取り組んでみたらもっと読書感想文を好きになることができたかもしれない。

自分の考えを文章にしてまとめる意義

人間という生き物は文字や言葉を使ってコミュニケーションをとることができる希少な動物である。自分の心の中でなんとなく思っていることを言葉という形にして明確に相手に伝えることができる。文章というのはその最たるものであり、過去に歴史上の偉人が岩に残した文字や書物にまとめた文書により、当時の状況や起こった出来事を後世に残して伝えてきた。

読書感想文もただのブログの記事も根本にある考え方は同じだと思う。自分なりに咀嚼した思いや感想を文章に書き起こす段階で頭の中の情報や感情の整理が自然と行われ、書いている途中で自分自身が思ってみなかったような発見をすることがある。今私もこうしてブログに文章を書き起こしている中で色々な思いが言語化されてこの入力フィールドに文字が並べられている。このように、自分の考えや心の中のぼんやりした感情をしっかりまとめるためにも、文章を書くというのはとても有益なものであると私は思う。悩みや悶々とした感情があるなら誰かに打ち明ける、または一人粛々と文章化する、ということだ。

読書感想文において最も大切なこと

私が子供の頃は読書感想文に何を書くべきなのか全く分からなかった。だからただ物語のあらすじをダーッと書いて、最後に「面白かった」などという薄っぺらい感想を添えておしまいという普通の小学生の9割以上がやりそうなことを例に漏れず私もやっていた。

だが、読書感想文という名前であるからには感想の部分が一番大切なのであり、そこが薄っぺらい一行だけであれば読み手にインパクトを与えることはできない。大事なのは、自分がなんとなく思ったことや感じたことをしっかり言葉にし、分かりやすく文章化すること、そのために考えること、である。これができるとその後の自分の人生で考え方や行動にある程度の指針を与えることができる可能性が高くなるし、人間的にもより豊かになっていくのではないだろうか。

 

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