rk-baryoのゆるっと日記

元ニート、現アラサーサラリーマンが日常生活、ビジネス、会社、旅などについて語るブログ

フリーランスや自営業が苦境に陥っている現況と自粛厨について私が思うこと

お題「#おうち時間

今年のお正月以来のブログ更新となる。

新型ウイルスが猛威を振るっている状況は相変わらず続いているが、皆さまの親族や友人の方は大丈夫でしょうか。私自身は3月頭からほぼ在宅勤務中心になり、4月頭に一回出社したのを最後に全て在宅勤務となっている。自身に関して言えば、たまたま在宅勤務ができる会社業種で本当に運が良かったとしか言いようがない。

さて、昨今のウイルスの猛威に加え自粛ムードが長引くにつれ、フリーランスや自営業の方々が経営の危機に瀕しているという報道を耳にしない日はない。特にイベント業や飲食業などには客足が遠のいていることから、致命的な打撃を受けていることは皆さまも重々承知しているはずだ。

私は当ブログにおいて、自身の経験から働き方や会社というものの存在意義について自分なりの意見を述べることを行ってきた。そして、現況の厳しい状況を目の当たりにし、過去の自分に対して思うことや今だからこそ主張すべきことがあると感じている。

フリーランスは簡単ではない

会社員として生きていくことに途方もなく嫌気がさしていた頃、私はとにかく会社という奴隷のような組織から抜け出し、自分の力だけでお金を稼いで生きていきたいと本気で思っていた。しかし、今となってはその考えは少々浅はかだったと言わざるを得ない。なぜなら、フリーランスになったら誰も自分のことは守ってくれないから。

先日Twitter上で見たあるフリーランスの人のお話。その人が契約していた仕事が前日になってドタキャンされ、キャンセル料も払われなかった挙句そのことを指摘すると逆ギレされ説教されるという、甚だ胸糞悪いLINE上でのやり取りを見た。私はこれを見て、ああ、フリーランスも楽じゃないなと痛感し、同時に過去フリーランスを夢見た自分自身を恥じた。むやみやたらに自分が持っていないものに妄想を抱くのは厳に慎むべきだと。

普段からこんなことばかりではないだろう。しかし、人間は自身が追い詰められて精神的に余裕がなくなった時に本性が出るものだ。所詮自分が一緒に仕事を進めようとしていた相手はこの程度なのか、そう思ってしまうと何とも虚しく感じることだろう。場合によってはもう誰も信用できなくなってしまうかもしれない。

自粛厨や一律な他人への強要は良くない

早くも今年の流行語になりそうな予感がする「自粛」というパワーワード。3月以降何度この言葉を聞いたことか。そんな中でやはり現れたのは自粛厨という、自粛を他人にも強要する同調圧力をかける人たちである。

同調圧力は私が最も嫌いな言葉の一つであるが、今回の件に関しては単純にこの同調圧力に対して批判ばかりはできない。なぜなら自粛をしていればウイルスの感染拡大は少なくとも大幅に減らすことができるから。

でも、相手の立場も懐状況も何も考えず一方通行で自粛!自粛!と叫ぶ奴らはやっぱりおかしいと思う。自粛を唱える奴がどういう奴なのかは分からないけど、ウイルス根絶を最優先にしているあたり、さして自身の生活には苦が生じていない人が大半ではなかろうか。そんな奴らがフリーランスや自営業の切羽詰まった経営状況や生活苦を想像することができるとは到底思えない。とにかく自粛すれば良いという自分の正義を他人に押し付け、ちょっとでも営業する店や外出移動する人々を徹底的に叩き潰し、したり顔をしているのだろう。

冷静になって考えたいこと

既に当ブログで何度も言っていることになるが、私は自分と他人は別の考えを持っていて100%分かり合えるなどということはあり得ないと考えている。例えそれが家族、恋人、どんなに親しい友人であってもだ。でも、30%しか理解できなかった相手のことを60%の理解度に高めることはできると思う。今回の自粛厨は自分の意見を相手に100%押し付けようとしているからおかしなことになるのだろうと私は思う。

自戒も含めてだが、こんな時だからこそ相手の立場や相手の価値観に寄り添った考えを持つようにして欲しいし、自分自身も改めてその部分が欠落していないかを省みないとならないと感じている。それができれば、自分の考えを相手に押し付けたり行き過ぎた価値観や正義を振りかざすことはなくなるだろうし、そんなことはできなくなると思うのだ。

 

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