rk-baryoのゆるっと日記

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結婚や恋愛の形についての新しい考え方が新鮮だった

昨日出ていた記事からです。

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この記事を読んで、結婚とは恋愛感情の延長線上にあるものという、自分の中にあった固定観念がまた一つ崩れ落ちました。

結婚に恋愛感情は本当に必要なのか

結婚できない男女というのは一昔前から囁かれるようになった話題です。男からすると景気の悪化により年収が下がり、家族を支えられる自信がない故に女性に対して積極的になれない。女からすると自分の思い描く「普通の男」がなかなか見つからなくて婚活市場で苦戦する、という構図です。ですので、条件で候補からはじき出し、そもそも中身を見ることなく結果的に恋愛感情を持てないから結婚できないという主張です。

しかし、考え直してみると結婚する条件として恋愛感情が必要という考えはおかしいと思います。恋愛感情というのは10年も20年も続くものではなく、長く一緒に暮らしていく夫婦がいつもお互いに対して恋愛感情を持っているかというとそうでもないと思うからです。であれば、初めから恋愛感情がなくても、生活のペースとかお互いの価値観とかが合致すれば結婚生活を送る上で何ら不都合はないはずです。

恋愛の延長線上に結婚がある、という現代の多数派の意見がそろそろ見直されるべき時期が近付いていると感じます。「逃げ恥」で森山みくりと津崎平匡が契約結婚し、次第にお互いに好意を持っていきますが、このようなプロセスでの結婚も一つの形です。

昔のお見合い結婚から分かること

自分たちの親とかそれ以上の世代だと、お互い初対面で相手の見た目も性格も良く分からないまま結婚、なんてこともよくあったみたいです。いわゆる家同士の見合い結婚というやつです。結婚する二人はお互いに対して何も知らない状態で生活をスタートし、それでも互いに生活を支えあう中でお互いを良く知り、子供を何人か設けて幸せな家庭を築いています。

今の時代で結婚できない人が増えたのは、本人たちの気持ちの問題もあると思いますが、やはり昔のように”強制的に”結婚するような環境がないのも一つの理由だと思います。その当時は結婚してしまえばあとは何とかなる、というような考えが根底にあり、実際それなりに上手くいっていたのです。もちろん、現代では経済的な状況なども大きく変わっていて単純に比較することはできませんが、見合い強制結婚制度が継続していれば、現在未婚の人でも既婚者になっていたであろう人が一定数いると思うのです。

人間関係はプロセス型ではなくオプション型である

「友達としては好きだけど、それ以上の感情は持てない」。私がかつての女友達に言われた言葉です。当時はその言葉を当たり前のように受け入れ、仕方ないと思っていました。でも、それ以上の感情って何なんでしょうか。私たちは無意識に愛情を友情よりも深くて尊い人間関係であると思いこんでいるだけなのではないでしょうか。友情の延長線上に恋愛感情や愛情があるというのは思い直してみるとおかしな話だと思うようになりました。愛情だから私たちの関係はだれよりも深い、とか、友情だから私たちは愛情ほど深い関係はない、というのは少々的外れな表現です。友情は友情というカテゴリの中でどれだけその度合いが深いかが重要なのであり、愛情という別の感情とその度合いの深さを比較されるべきではないと思うのです。愛情はなくても友情として深い関係を築くことは可能ですし、愛情はあっても些細なことで壊れてしまうような愛情であれば、その愛情は果たして友情よりも深いものといえるのでしょうか。

結婚に関して、愛情がなければならないというのは単なる思い込みなのかもしれません。逆に、愛情がなくなったから結婚生活は破綻したと考えるのも違うと思います。また、愛情が友情よりも深い関係と決めつけるのも、「私と仕事どっちが大事なの」と聞くような無理難題と類似する点があり、単純にその度合いを比較できるものではないのです。

 

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